39『それぞれの戦場へ』



 我々三人はそこに向かってひた走る。
 その先に待つのは闘い。
 三人それぞれにとって大きな闘い。

 俺はこの場所で闘おう。
 僕はその場所で闘おう。
 私はあの場所で闘おう。

 闘う場所は三人バラバラだ。
 しかし闘いの中で向いている方角は同じだ。
 そして闘いの先に目指す場所も同じだ。

 闘いが終わればまた三人揃う。
 我々はそれを信じて闘おう。



 衛兵の報告を受けてから、リク達八人は北に向かって走り始めた。
 ジェシカは北門にて魔導騎士団と合流するために、他の者もクリーチャーの掃討に参加するためである。
 魔導騎士団以外のカンファータ兵はあまり戦力にならないので参加者の魔導士達に協力を要請したり、ファトルエルの住民達に避難勧告をしたりしている。

「ファルッ、相手は大災厄だろ? クリーチャーを止めるだけで本当にファトルエルは助かるのか!?」

 走りながらリクは隣にいたファルガールに問う。
 ファルガールは少し間をおいて答えた。

「……いや、先ず無理だろうな。クリーチャーは後からどんどん湧いてくるモンだし」
「じゃ、どうすればファトルエルは助かるんだ!?」
「ファトルエルはもう助からん!」

 身も蓋もない言い様に、リクは顔をしかめる。
 そんなリクにファルガールはにやっと笑ってみせた。

「……あくまで一般論ではな」
「じゃあ、助かる道もあるのか!?」

 ファルガールは頷いて続ける。

「あのクリーチャー達をいくら倒しても大災厄は怯みやしねぇ。だが、たった一匹、あの大災厄の柱と言えるようなクリーチャーがいる。それは“グランクリーチャー”って呼ばれている。理論上、そのグランクリーチャーを倒せば大災厄は止まる」

 その答えにリクは拍子抜けしたようにしかめていた顔を緩める。

「何だ、ちゃんと方法があるんじゃねーか。なのにどうしてもう助からねーなんて言われてんだ?」
「一般にそのグランクリーチャーは倒す術がないそうだ」
「なるほどね……」

 リクは一旦納得したものの、また一つファルガールに質問した。

「じゃ、どうやって倒すんだ?」
「策はある。……あれから十年、無駄に過ごしてきたじゃねぇ」

 十年とはリクとファルガールが大災厄から生き残ってからの時間だ。
 十年前にはファルガールは自分の身以外何も守れなかった。今回の大災厄はファルガールにとって雪辱戦である。
 そういう意味で、今回の大災厄には彼は人一倍、大災厄からファトルエルを守り切りたい思いがあるに違いない。

「それにはお前の力、そしてあの嬢ちゃんの力が要る」

 そう言って、ファルガールはくいっと顎でフィラレスを差した。

「俺とフィリーの?」

 ファルガールは頷き、リクにその策を伝えた。


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 リク達は大決闘場の中に入った。
 大決闘場の外を迂回するより、突っ切っていく方が近いためだ。
 幸い、開放はされていた。
 南口から入りバトルフィールドを抜けて北口に向かうつもりである。
 しかし一行は、バトルフィールドで思わず足を止めた。

 そこには一人の男が待ち伏せていたかのように立っていた。
 リクと同じくらいの体躯、模様のない黒の衣に身を包み、オールバックにして後ろで束ねた長髪は光を反射しないくらいの漆黒だ。

「ジ……ジルヴァルト!?」

 驚愕に満ちた表情を浮かべるリクを正面に見据え、ジルヴァルトは静かに口を開いた。

「どこへ行くつもりだ? リク=エール」

 そんな事を聞かれると思ってなかったリクは数瞬答えに戸惑った。

「どこへって……お前、聞いてないのか? 大災厄がこの街に近付いてんだよ!」
「知っている。それで、お前は大災厄を相手に闘うつもりなのか?」
「ああ、そうだよ。文句あるか!?」

 いささか、苛立った様子でリクは答えた。
 その問いに対し、ジルヴァルトはしばらく沈黙した。
 何も答える様子のないジルヴァルトにリクは更に続けた。

「お前とは明日きっちりと闘うから、今はここを通してくれねーか?」
「断る。お前が大災厄と闘うと言うならばお前が明日生きているという保証はない。俺はどうしてもお前と闘ってみたい」

 あっさりとした答えに、そして相変わらず訳の分からない言動に、リクはまた顔をしかめた。
 一体全体、この男は何を目的として動いているのだろう。
 何故そこまでしてこの男は自分と闘いたいのだろうか。

「俺が負けでもいいから通してくれってのもダメか?」

 答える代わりに、ジルヴァルトは手の中に光球を形作り、リクに向かって投げ付けた。それはリクの顔の横をギリギリを飛んで行き、後ろの壁に当たって爆発した。
 リクはその威力を見ると、仕方なさそうにため息を付いた。

「分かったよ……。俺はここに残る。だがみんなは通してやってくれ」
「いいだろう」

 ジルヴァルトの答えを聞いて、リクは後ろに揃う面々に向き直った。

「……っつーワケだから皆で先に行っててくれ。コイツを倒した後に必ず行くからさ」
「しかしコイツ絶対あの刺青ジジイより強いで? 勝つにしろ、もう闘う力残ってへんのとちゃう?」

 そのカーエスの指摘はもっともだった。
 このジルヴァルト相手に後を考えた闘い方など出来る訳がないし、力を尽くした後で来ても足手纏いにしかならない。

「まあ、行けば何とかなるだろ。俺はお前みたいに“魔導眼”なんか使えねーから動けなくなる事もねーよ。それとコーダ」と、カーエスにそう言った後、リクはその隣にいたコーダに視線を移した。

「なんスか?」
「これから俺がいない間、何かと皆を助けてやってくれ」
「了解しやした!」

 コーダが敬礼する傍にはジェシカが居る。
 リクは思わず彼女と目が合った。
 彼女は何も言わなかったが、何を言わんとしているかは良く分かる。

「分かってるよ、ジェシカ。お前とシノンに誓っただろ? 負けたりしねーよ」

 フィラレスも心配そうな顔でリクを見ている。
 彼女もジルヴァルトの強さを肌で体感した者の一人だ。あの“滅びの魔力”を持ってしても彼には適わなかったのである。

「大丈夫だ、フィリー。危なかったけど俺もお前の魔力に負けてなかっただろ? 仇は討ってやるさ」

 フィラレスはこくりと頷く。
 その後ろから一歩前に出てきたのはファルガールだ。
 そしてフィラレスの頭にぽんと手を乗せて言った。

「…いいか、大災厄を倒すにはお前と嬢ちゃんの力が要るんだからな。……負けたらファトルエルが終わると思えよ」
「なんかそれ、すげープレッシャーだな」

 リクが苦笑して答える。
 ファルガールはにやりと笑い返して続けた。

「時間のことは気にすんな。俺とカルクがグランクリーチャーを足留めしておいてやる。そうすれば大災厄も進行を止める事にもなるしな。思いきり楽しめ」

 言い終わるとファルガールはリクの横をすり抜け、ジルヴァルトの脇を通り抜ける。
 その際に、ファルガールは一言言った。

「アイツは俺の自慢の弟子だ。勝てるモンなら勝ってみな」

 そしてファルガールは北口に向かって歩いて行く。
 途中で一度振り返って一同に言った。

「おい、早く行こうぜ。時間がねぇんだ」

 その言葉に皆はやっと進みだした。
 リクに、ジルヴァルトに、それぞれすれ違う際、リクには心配そうな顔を、そしてジルヴァルトには憎しみを込めた顔、もしくは畏怖と不安が混じりあったような表情がそれぞれ向けられる。
 そしてリク以外の全員が揃ってバトルフィールドの南側入り口に集まった。皆、リクの顔を振り返っている。
 リクは心強く笑い返し、頷いてみせた。
 それを合図に、ファルガール達は大決闘場から出て行った。

 リクはジルヴァルトの背後から、ジルヴァルトへと視線を移した。
 遠近感の関係で視界の中でぼやけていたジルヴァルトの姿がはっきりとしたものになる。

「待たせたな。……さてと、ちょっと予定より早いけど始めようか? ファトルエルの決闘大会の決勝戦を……!」

 ざっと、リクは一歩踏み出して身構えた。


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 大決闘場を後にした一行もなおも北へ北へと掛けて行く。
 戦えない一般市民達が警告に従って、南へ逃げていく。
 大災厄の恐ろしさは誰もがよく知っている。大災厄に襲われたからには、助かる可能性が非常に低い事も知っている。
 こちらに向かって走る民衆の表情は絶望と恐怖に満ちていた。
 ファルガール達はその狂気に満ちた人々の濁流を遡上する形になり、なかなか前に進めない。

「くそっ……! 進み辛いったらありゃしねぇ!」
「仕方がない。皆必死なんだ。それに大災厄でこの程度の混乱なら御の字というものだ」

 悪態をつくファルガールをカルクは冷静にたしなめた。
 確かに進み辛くはあったが、本当は大災厄と言えば混乱し、もっと酷くなってもおかしくはない。
 大混乱になるところを辛うじて抑えているのはカンファータの兵による必死の誘導のお陰だった。

「おい、コーダッ! おんどれ何でサソリ持ってきてへんねん!」
「無茶苦茶言いやスね……こんなトコでサソリ乗り回したら人を踏みつぶしちゃうスよ」

 だが混雑も北に行くにつれてだんだんと増しになっていった。

「カンファータの人達は、皆を各決闘場に避難させているようですね」

 人々が逃げる方向が南だけではない事に気が付いたクリン=クランはファルガールにそう漏らした。

「上策だ。南の砂漠にほうり出すよりしっかりした建物にまとめて収容した方が守りやすい。しかも各決闘場の観客席は魔力のバリアが張られてるしな」

 完全に集団を抜けてファルガール達にも北門が見えるようになった。
 一行の目は総じて見開かれたものになる。
 北門には既にクリーチャーと思しき人外のシルエットがいくつか見え、その手前にはカンファータ魔導騎士団であろう、ジェシカと同じ軽甲冑を着込んだ者たちが応戦している。
 その戦況は決して思わしいものではなく、彼らはだんだんと後退し、クリーチャー達が隙を見て街の中に侵入して行っている。

「不味いな……大災厄の進行が思ったより早ぇ」

 そう漏らすファルガールの横を、ジェシカが駆け抜けていく。

「《電光石火》によりて我は瞬く速さを得ん!」

 閃光と共にジェシカの姿は一瞬で魔導騎士団の元に入り、早速クリーチャーを一体突き飛ばした。

「カンファータ魔導騎士団副団長・ジェシカ=ランスリアこれにあり! 皆の者! 私に続け!」

 副団長参戦を知り、魔導騎士団の志気が上がった。
 たちまち、戦線が前進し始める。

「俺らも行くでぇ! 《鷲掴む炎》よ、その灼熱の炎によりて……」

 カーエスが呪文を口にしながら、戦線に踊り出る。

「我が敵を燃やし尽くせ!」

 カーエスの掌より放たれた灼熱の炎がクリーチャーを二、三体まとめて燃やし尽くす。

「「我が魔力よ集まれ、敵を見据えよ、そして喰らわせろ! 瞬く力を敵にぶつける《ぶちかまし》!」」

 いつの間にか二人に戻ったクリンとクランが二重詠唱で威力を増した魔力の塊を敵に向けて放つ。
 これに七、八体は吹き飛ばされ、壁に張り付いた。

「その槍穂貫くは天地! その光が意味するは天の裁き! その先からは轟く光がほとばしり、全ての罪を討ち滅ぼす! 稲光と共に現れよ! 稲妻纏いし紫電の矛《ヴァンジュニル》!」

 その手に《ヴァンジュニル》を手にしたファルガールも戦線に加わろうと、駆け出した時だった。
 今までも小刻みに揺れていた地面が轟音と共に一瞬大きくなる。
 それと同時に北門の向こうに大きな火柱が上がるのが見えた。

(……あの炎はまさか……!?)

 ファルガールの表情が固くなる。
 そしてクリーチャー、そしてそれと闘う者達で一杯の目の前、その次にその上にそびえる防壁を見る。
 そして決心をしたように、身構え、唱えた。

「我《駆け抜ける稲妻》となりて、我が身は光となり、雷火を纏う! 我が道阻む者、我が裁きによりて身を滅ぼさん!」

 詠唱を終え、《ヴァンジュニル》を天にかざす。
 すると、天からファルガールに雷が落ちた。
 次の瞬間ファルガールの身体は人形の雷となった。

「ファルガール!?」

 驚いて目を丸くしたカルクが声を駆ける。
 雷となったファルガールは何も喋らずに力強く手招きをしてみせ、まさに雷の早さで防壁の上空に飛び、その外に姿を消す。

「……ついてこいというのか?」

 訳が分からぬも、カルクは呪文を詠唱する。

「風よ、そして我を大地に縛り付ける重力よ、翼持たぬ我に《飛翔》の力を!」

 カルクは唱え終わると、地面からふわりと浮き、全く重力というものを忘れたように上へ上へと登って行く。
 それに気が付いたカーエスが声を掛けた。

「カルク先生! どこ行きはるんですか!?」
「ファルガールを追う! この場は任せたぞ!」

 そう答え、カルクは塀の外へと姿を消した。

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